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「Le Fils 息子」 東京芸術劇場 [舞台]


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 引き返すなら今ですよ!



 初演のときよりも洗練され、より濃縮された作品になっていた。
白い壁が移動していく装置。窓がついていたり、鏡になっていたり、四角くくり抜かれて扉の役割をしたり。
 そこに人物のシルエットが映り、叙情詩のようなうつくしいシーンが過ぎていく。

 ニコラは母アンヌと暮らしている。父は再婚し、ソフィアとのあいだにまだ赤子の息子がいる。
 繊細なニコラは両親の離婚により不安定になり、学校へも行けずにいた。だが彼は父のところへ行きたいと願い出る。新しい暮らしは平穏に行くはずもなく、ニコラもソフィアも理性で持ち堪えていたが、時折、感情が漏れ出てしまう。
 やがて・・・。

 ともかく、やるせない。ニコラにとってどうあればよかったのか。父と母の愛から産まれた息子は、大人になることなく闇へと帰って行った。彼の人生はなんだったのだろう。
 それぞれが幸せを求めても、それは自然なことだし、けれども子供と大人は対等ではなく、繊細な子だった場合は傷つき、そこから抜け出せないこともあるだろう。

 ニコラが退院したひとときはとても穏やかで、楽しげな両親を見て、ニコラは昔にかえったようだと喜ぶ。そこが頂点であるかのように。

 ラストシーンは初演に少し変更があったようだが、ピエールの息子にこうあって欲しいという望みが叶ったかのような笑い声と、それから・・・。

        *

 個々の役者さんについて述べる言葉はない。全員がエクセレントすぎて、なにも言えない。
 スタンディングオベーションだったのは言わずもがな。

 素敵な作品をありがとうございました!!!


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「La Mère 母」 東京芸術劇場 [舞台]

公式サイト
https://www.lefils-lamere.jp/

地方公演情報は
https://www.lefils-lamere.jp/tour

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 引き返すなら今ですよ!



 子供たちが大人になって巣立っていくのは当たり前のこと。けれど残された母親は浮気しているかもしれない夫と暮らすことに淋しさを感じていた。昼間は大きな家にひとり取り残される侘しさ。
 そんなところから物語ははじまる。
 繰り返される同じ台詞。舞台上で何が起こっているのか不可解になる。黒い衣装の母アンヌは息子ニコラからの連絡が来ない、と待ち続けている。仕事で忙しい父ピエール。
 そして物語は進んだり戻ったりしながら少しずつ違う話をリフレインしはじめる。その手法によって、目の前のこの家族の話だったものがすべての人の物語へと拡大されていく。
 どこかの男、どこかの女、どこかの父親、どこかの母親、そしてどこかの娘やどこかの息子の話へと観客には感じられるようになる。そう、みずからの話としてだ。
 脚本なのか、演出なのかはわからないが、とても斬新な作品となった。
 赤いドレスを纏ったあたりからアンヌの本音が容赦のないものとなっていく。子供たちを育てて気がついたら若さを失っていたことへの思い、ニコラには妹サラがいるのだが、アンヌはニコラだけを溺愛し、妹のことはどうでもいいという認識。夫のことも死んでしまえばいいのに、と言い、ひどい態度を取り出す。
 果たしてニコラはエロディと喧嘩して実家へ帰ってきたのか? それは現実なのか、それともこれはすべてアンヌの創り出した妄想の世界の出来事なのか?
 アンヌはニコラをみずからの恋人のように扱い出す。取り合わないニコラ。
 ラストへと疾走していく狂気は病院での衝撃的なラストへと繋がっていく。もはや現実は狂気へと道を譲った感がある。果たして現実は何処までだったのか。簡単に拾い集められるだけの現実と圧倒的なアンヌの妄想と狂気で紡がれた物語なのか。
 他にはない独特な作品を体験したと思った。

        *
若村麻由美さん
 美しく魅力的なアンヌ。そんなシーンはないのに、若い日に子供たちを愛情いっぱいに
育てる姿が浮かんでくるようだった。そして今、子供たちが巣立った後の空虚感、彼女の生きていた世界が閉じられてしまったかのような焦燥感にあらがうように辛辣になっていくアンヌを演じてくれた。現実と狂気の世界を自在に行き来できる演技力は素晴らしい。

岡本健一さん
 ピエールは実際、浮気していたのか? 証拠は少ない。でもアンヌの中では確信なのだ。
とうとう隠すことなく彼はバカンスに行く格好で登場。若い愛人までが出現してしまう。

 そう、アンヌの妄想の世界では。

 現実はアンヌが赤いドレスに着替える前までの気がする。ということは?
 少しずつ違うシチュエーションのポールを巧みに演じていた。

伊勢佳世さん
 アンヌとの対峙がヒートアップしていく演じ分けがいい。ニコラの恋人として、家族ではない外の存在としてのエロディの演技が光る。愛する息子を奪い去る者としてのエロディ。そしておそらく、女としての定められた道筋を彼女も通るだろうと予感させる。

岡本圭人さん
 硬質で適格な演技。ニコラとしてのしっかりとした存在感。その時々に纏う空気感がいい。
 母が自分の人生を妨害することにたいして困惑し、行き着く先は・・・。アンヌが狂気のなかでそう望んだのか、ニコラが決意するしかなかったのか。
 ニコラは現実としてアンヌの前にいたのか? 終始、母の妄想の登場人物だったのか。そんなことを思う。


 演出の切っ先の鋭さ、独特さ。そしてそれを実現するために現実の世界から跳躍した役者たち。
 なんだか凄いものを観てしまった。でも観客もいつものように物語が進むと思っていると頭のなかが「?」だらけになるので注意が必要だ。観客も一緒にアンヌの内面の世界に飛び込む気概がいる。そんな特異な作品だった。


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