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★「Le Fils 息子」 [舞台]

「Le Fils 息子」
☆公式 https://www.lefils-theatre.jp/

CAST
 ニコラ    岡本圭人
 アンヌ    若村麻由美
 ソフィア   伊勢佳世
 医師     浜田信也
 看護師    木山廉彬
 ピエール   岡本健一


 これは多重的に織られた作品だ。
 一般的な演劇とは異なり、現実世界と人の感情からなる世界、それぞれの抱え
る孤独な心の世界がこの作品には同時に存在する。
 目に見えない人の感情を観客に感じられるように現出させるのには驚きを隠せ
なかった。

 白い壁に窓がふたつある舞台装置。それがシーンによってスライドして、奥行
きのあるものになったり、様々に変化することができる。陰影がうつくしい。
 時折、登場人物のひとりが窓に佇み、シルエットとなる。その人は窓の向こう
に何を見ているのだろうか。

 父とソフィアとの家庭に来たとき、ニコラがそこにある棚を壊し、中のものを
ぶちまける。
 そして後日、ソフィアが会話しながらそれを直して、本を元通り入れて行く作
業を淡々としていく。
 これは現実に起きたことではなく、今起きていることを象徴的に現すために
あるのだろう。

 夫婦が別れて、子供が傷つき止んでいくというテーマは、珍しいことではない。
だが、この作品が希有なものとなり得たのは演出家の着眼点と、それを実現する
能力のある役者たちの勝利だろう。


★★★ネタバレ注意報!! 観劇予定の方は引き返してください。

 ピエールとアンヌが元夫婦で、その息子がニコラ。ニコラは両親の離婚から
情緒不安定になり、学校へも行かず退学になってしまう。
 現在、ピエールはソフィアと暮らしていて、ふたりのあいだには男の子が
産まれている。まだ赤ん坊で、ソフィアは慢性の睡眠不足だ。
 そんな父の新家庭でニコラが暮らすことになり・・・。
波風が立たない方が不思議というものだ。

 最初、ピエールはニコラにそれほどの愛情を持っているとは思えない。
だがニコラがいろいろと事を起こす度に本当の父親らしくなっていくように
思えた。
 ピエール、ソフィア、ニコラ、アンヌのあいだで交わされる会話。それ
ぞれが腹に抱えている感情。
 言葉として発せられないが、その感情を現出させる演技。張り詰める空気。

 それがそれぞれできていたのが凄いと思った。

「結婚はいいけど、子供は持たない方がいいわね。自由がなくなってしまう
もの」とソフィア。ピエールの息子であるニコラにそれを言うのか?
 別の機会にニコラはソフィアに、父親とどこで出会ったのかを尋ねる。

「そのときに、父に家庭があることを知らなかったの?」と。

 最初は父の喜ぶような嘘を言っていたニコラだったが、だんだんと本音を
爆発させて、自分たちの幸せを壊した父親に怒りを向ける。
 ピエールはソフィアに夢中になって、アンヌとニコラを捨てるように別れた
のかもしれない。
 大人の女性で、自立しているアンヌ。けれどピエールとの離婚に傷つき、脆
さが見え隠れする。今でも彼女はピエールのことを愛していて、次の相手すら
探そうとしない。
 ピエールはアンヌもさっさと再婚するだろうと侮っていたふしがある。

 前半、アンヌ。ニコラ、ソフィアの大変さはすべてピエールが引き起こした
もののように感じられた。
 それほどピエールという男は魅力的だが、人の気持ちに無頓着なところがあり、
ニコラの繊細さを理解せず、むしろ自分の望む逆方向へ引っ張ろうとする。
 それが後半に行くにつれ、ニコラのために夢を諦め、予定していた妻との旅行
を延期したりする。
 それにつれてソフィアの苛立ちは増大していくのだが。

 寄宿舎つきの学校に入れられるのを極端に恐れるニコラ。繊細な彼にはその
環境に耐えられないことを自分で知っている。だからリストカッターである彼
がいつもより深く切ってしまって精神科の病院へ入れられたとき、ニコラは
全身で拒否する。

 親であるというのは大変で、しかも繊細で傷ついてしまった息子というのは
厄介だ。ニコラの精神科での退院をめぐる医師と元ご夫婦の会話が辛い。
 ここから出してとせがむ息子にそうしようとすると、医師や看護師は退院する
のなら、病院としては責任はもてないと突き放す。
 選択を迫られても選べないピエールとアンヌ。どちらも選べないものを選べと
言われても困惑するしかない。
 ここから元ご夫婦には燃え尽きて灰になるような大変なことが何度も起こる。
 最後のどんでん返しはとても辛く、せつない。
 一発の銃声でこの世から消え去ったニコラ。ピエールの生きていたら、という
妄想が痛々しい。
 離婚前のような仲良しになった両親の笑い声のなかで去って行けたのが、せめ
てもの慰めだろうか。
 そこに救いはないのだが・・・。

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 傷ついて、自らの意志のコントロールを失って、もがくしかないニコラを感性
豊かに演じた岡本圭人さん。初舞台とは思えない出来でした。

 変幻自在な演技の岡本健一さん。嫌悪していた父親に自分が似てきていること
を自覚するピエール。父から貰った猟銃を手放さずに隠していたピエール。

それと退院時の諸々。
 銃声の後、暫くその場から動けないその内面は、とても納得できました。

 強さと脆さをないまぜにしたアンヌを演じた若村麻由美さん。
ピエールへの想いと息子ニコラへの愛情とその葛藤が伝わってきて、やはり凄い
女優さんだと再確認しました。

 自分の家族だと思っていたのに前の家族の息子の面倒を見ることになって、

ひとつの家族を壊した代償のように次々と困難に襲われるソフィアの感情を伝え

てくれた伊勢佳世さん。
 どんでん返し後のピエールとはどうなっていくのか、はらはらしてしまいました。
でもソフィアは案外、忍耐強い女性なのかも。

 医師役の浜田信也さん、看護師役の木山廉彬さん、憎らしいほどに専門家でした。
病院側の正論を振りかざす隙のない演技。
 ピエールとアンヌはある意味、脅されていたのかも。


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